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本格的な雪山(自分流には4捨5入して3千メータになる山、またはそれ以下であってもレベル的に高いリスク大の山を、雪のある時にやる山行を、自分なりにこう定義づけしているのだが)の経験はもうかれこれ40回以上になる。 しかし何回やっても出発前にはあれこれと思い悩んで、喜び勇む気持ちがある反面、不思議と心が重くもなるのだ。 冬の山に入って行く気持ちを、『たった一人の山』の著者である浦松佐美太郎は、「修業の僧が、道場へゆくその気持ちにも似通っている。山を求め、雪を思う情熱が、人をしてこの峻厳な冬の山にひたすら向かわせるのだ」と記述している。 また、「冬の山登りには、華やかさが微塵もない。だから行こうと思いついてから、いよいよ実行に移すまでには、ずいぶんと努力が必要である」とも言っている。これは彼の精神的な葛藤からくる心の重さを表現しているようだ。 金峰山・瑞牆山ならいざ知らず、3千メータ級の雪山に自前のテントや水を担いでチャレンジする今回の場合などは、例えクラブの仲間が一緒の場合ではあっても、彼と同じように心が重たくもなるものだ。 厳しい環境でのリスクについては回数を重ねたこともあり、それほど心を重くするものではない様に思う。最近ではその心の重たさの源は、多分に体力的な不安の比重の大きさからくる様に思う。 バロメータの山に登ってみて、今回は体調不良もあったが、特に、そんな感じを強く持ったのだった。 (八ヶ岳天狗岳 山行記録から抜粋)08.3.30) |
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