『霊山』


 古来、日本人は多神教の民族であり、山や川や巨岩や大樹にスピリチュアルなものを感じ、信仰してきた。また人が死ねば、その霊魂は山に「帰峰する」とも信じていた。
だから全国の山に登ってみて感じることは、何と山と日本人というのは昔から縁の深いものだったのだろう、ということだ。「霊山」と言われる山が何と多いことか・・・。
 しかし一概に「霊山」と言っても、幾つかのタイプがある様に思う。
戸隠山や剣山、あるいは月山や妙義山の様に、山を曼荼羅に見立て、悟りのために難行・苦行をする場所としての霊山もある。こういう山は概して急俊な岩峰の山が多い。
 また山が持つ巨大な生命のエネルギーが、接する人をして畏敬の念を抱かせ、信仰の対象としてきた山もある。巨岩・奇岩にまつわる伝承(これは取りも直さず、それらが持つ重力エネルギーがその元になってはいるのだが)から信仰の対象として霊山と言われる様になった山もある。筑波山や堅破山などはまさにこのタイプであろう。
 同じ畏敬の念という観念に近くはあるが、少し違うタイプもある。
富士山や白山、あるいは立山等は、その雄大さ・美しさ・郷土を潤す恩恵の大きさ等から霊山となった山々ではなかろうか。
 更に別なタイプとしては、身延山や比叡山の様に、高僧・開祖に所縁の山も多い。
ともあれ、色々なタイプはあるにしても、霊山と言われる様になった根っ子にあるものはどれも同じなのだと思う。
 深田久弥の日本百名山の評価(選定)基準に、確かその山の歴史・由緒等があった様に記憶する。これは言い換えれば「昔からの霊山であったか」ということでもあろう。
現在の日本人にとってですら、霊山とは少なからず縁がある様に、「名山」もまたスピリチュアルなものとは縁遠いものではないのだ。
 関東百名山の堅破山で巨岩・奇岩に接し、それらの説明文を思い返しながら、そんなことを感じた一日だった。
        (堅破山 山行記録から抜粋)08.02.23)

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