『大月市の御前山でのこと』
低山の雪山と秀麗富士を楽しむことを目的にした今回の山行は、大月駅から御前山・神楽山経由で猿橋駅に下る3時間の行程である。
登山道には所々に凍結した残雪がみられたが、先々週の山中湖畔の高指山の様に、尾根全体が数10センチの快適な雪山という訳ではなかった。 その代り雲一つない快晴であったこともあり、御前山からの富士山の眺めは抜群で、買ったばかりのニコンCoolPix340の機能(撮影モードやエフェクト等)を試すには良い機会であった。
この御前山からの富士山の眺めは、秀麗富岳12景に含まれている九鬼山からの眺めよりも遥かに素晴らしい。現在の九鬼山の南西側は樹木が伸びて、その眺望が邪魔されている。だから秀麗富岳12景の座を、御前山に明け渡してもいいぐらいだ。
今回この御前山を行先に選定した理由も4年前の1月に、九鬼山から御前山まで縦走した際のこの感想からでもあった。
また、最初に登ったのは2000年の4月であったが、この時の九鬼山の印象(山行記録)では、「さすが秀麗富岳12景だ」と言っているところを見ると、まだ当時は富士山の眺望は保たれていたのである。
思い起こせば、最初に登ったその時というのは、猿橋駅から登り始めて、梁川駅に下るという9時間のロングコースで、超えたピークも16ピークというハードコースであった。
主な山としては、神楽山・御前山・馬立山・九鬼山・桑立山・高畑山・天神山・倉岳山などである。そして9時間のコースを7時間で踏破したのだった。60歳そこそこの当時は、とにかく長く歩くこと、健脚ぶりを発揮することに重きを置いていたふしがある。3時間の今回の山行きでの帰路、車内で単行本を読むうちに眠くなり、1ページと進まなかった情けない現在の吾からは想像もできない程の馬力ではある。 嗚呼、その馬力が懐かしい!
・・・反面、最近の山旅では、頂上では粗末なものではあるが煮炊きをし、カメラをいじくりながら周囲の展望を存分に堪能し、下山すれば必ず温泉で疲れた体をほぐす、という余裕の時間を持つ様に変わって来た。
どちらも山登りには違いないし、どちらが正しいというものでもない。環境や状況に応じた山をやれば、それがその人の、その時の登山だと思う。要は年相応(体力相応)に山登りのスタイルを適応させながら、山を楽しんで行けばいいのだと思っている。
「脚衰えて 山さらによきかな」の心境である。
(御前山山行(2015.2.21)記録抜粋)
登山道には所々に凍結した残雪がみられたが、先々週の山中湖畔の高指山の様に、尾根全体が数10センチの快適な雪山という訳ではなかった。 その代り雲一つない快晴であったこともあり、御前山からの富士山の眺めは抜群で、買ったばかりのニコンCoolPix340の機能(撮影モードやエフェクト等)を試すには良い機会であった。
この御前山からの富士山の眺めは、秀麗富岳12景に含まれている九鬼山からの眺めよりも遥かに素晴らしい。現在の九鬼山の南西側は樹木が伸びて、その眺望が邪魔されている。だから秀麗富岳12景の座を、御前山に明け渡してもいいぐらいだ。
今回この御前山を行先に選定した理由も4年前の1月に、九鬼山から御前山まで縦走した際のこの感想からでもあった。
また、最初に登ったのは2000年の4月であったが、この時の九鬼山の印象(山行記録)では、「さすが秀麗富岳12景だ」と言っているところを見ると、まだ当時は富士山の眺望は保たれていたのである。
思い起こせば、最初に登ったその時というのは、猿橋駅から登り始めて、梁川駅に下るという9時間のロングコースで、超えたピークも16ピークというハードコースであった。
主な山としては、神楽山・御前山・馬立山・九鬼山・桑立山・高畑山・天神山・倉岳山などである。そして9時間のコースを7時間で踏破したのだった。60歳そこそこの当時は、とにかく長く歩くこと、健脚ぶりを発揮することに重きを置いていたふしがある。3時間の今回の山行きでの帰路、車内で単行本を読むうちに眠くなり、1ページと進まなかった情けない現在の吾からは想像もできない程の馬力ではある。 嗚呼、その馬力が懐かしい!
・・・反面、最近の山旅では、頂上では粗末なものではあるが煮炊きをし、カメラをいじくりながら周囲の展望を存分に堪能し、下山すれば必ず温泉で疲れた体をほぐす、という余裕の時間を持つ様に変わって来た。
どちらも山登りには違いないし、どちらが正しいというものでもない。環境や状況に応じた山をやれば、それがその人の、その時の登山だと思う。要は年相応(体力相応)に山登りのスタイルを適応させながら、山を楽しんで行けばいいのだと思っている。
「脚衰えて 山さらによきかな」の心境である。
(御前山山行(2015.2.21)記録抜粋)
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